いつも今ここから、新しいスタートを

今ここで悩んだり迷ったりしている人達に向けて、希望のメッセージを発信したい。悩み迷いの元には、個人の問題ではなく、共通の原因があります。それに気付いて、共に少しづつ明るい未来に進めたら。

なぜ日本人は理想主義を捨てたのか?クルマの歴史でわかります

この前クルマのことを少し書いたら
反響があったので・・・

今日はクルマの歴史と
人の無意識やニーズの話に
チャレンジします

この前書いた文に出てくる2台は1960年代のもの
日本が敗戦からもう一度経済発展で立ち上がる!

そんな中でどこも情熱をもってクルマをつくって
世に問いました
ここではスバルとトヨタのことを話すのが
いちばんわかりやすいみたいです

スバル360
言わずと知れた「てんとう虫」

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トヨタ・パブリカ
名前の由来は「パブリックカー(大衆車)」から

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1955年頃に「国民車構想」というものが出されて
この2車もそれに則る形で
理想主義的につくられました
スバルは大成功して
パブリカは失敗に終わってしまいました

もともと飛行機発でエリート意識の強かったスバルは
自分たちのクルマにさらに自信をもって
次のクルマ・スバル1000に進みました
今も続く水平対向エンジンのスタート

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一方三河出の策士であるトヨタ
パブリカがなぜ失敗したのかを徹底的に解析して
日本人がどんなクルマに乗りたいのか
ニーズを探って考え抜きました
その結論は
技術は理想的なものでなくてよく
「より見栄えよく」「より豪華装備で快適で」
「より壊れない」「万全のサービス体系」
というものでした

そうしてあらためて「大衆車」カローラとなって現れました
(隣の日産サニーも似たようなものです)

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この後の結果は言うまでもありませんね
トヨタは世界を代表する会社となり
スバルは一度つくった技術に固執して
なかなか外に広がることができませんでした



【この歴史から言えること・・・】

◎まず相手のニーズが何かを正確に探り当てて

それを満たすように自らの持っている技術商品を案内すること

 

威張って売り付けるのではなかなかうまくいかない


そしてもっと根幹にあると思うのが
◎「より見栄えよく」「より豪華装備で快適で」のような
戦後日本人の価値観はどこから生まれたのか?

 

アメ車を小さくしたような車に憧れていたわけです
そしてこれはずっと続いています
結果日本は経済でNo.1になる目標を達成したけれど
そのあとどうしていったらいいかを見失ってしまいました

・・・

過去の栄光にすがることや
ノスタルジーに逃げ込むことをやめて
本当に変わらなければいけない!!
問題意識を強く強く持った人と
その答えを共有したいです

(+α)
スバルは群馬が本拠地の会社
・・・
明日(7/1)地元でほめゲーやります